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2011年10月

2011年10月18日 (火)

涼風家シネマクラブ■がまの油

監督/役所広司
キャスト/役所広司、瑛太、小林聡美、澤屋敷純一、二階堂ふみ、八千草薫、益岡 徹、ほか。
2008年/日本/131分

 主演の役所広司、第一回監督作品である。
 物語は、いくつかの出来事がバラバラに進行していきながら最後にはまとまっていくという構成で、どこに行ってしまうのか予想がつかない展開で、131分という長尺ながら飽きることなく鑑賞できた。
 格闘家の澤屋敷、モデルの二階堂とスクリーンデビューのふたりが重要な役どころで出演し、それぞれに言い味を出しているのは役所の指導によるものだろうか。
 作中に「がまの油」も登場するのだが、なぜ映画のタイトルに「がまの油」を選んだのか、鑑賞中はよくわからなかった。作品のテーマを象徴するものなのだろう、ということで考えてみると、忘れられがちな日本の文化というところから持ってきたのかもしれないという気がした。
 と書くとまだ観ていない方は誤解するかもしれないが、主人公は株のトレーディングで大儲けし、田園調布に豪邸を建てているというかなり現代的な人物。息子役の瑛太の恋人役で登場する二階堂も、極めてイマ風の女子高生である。とはいえそれらの出演者たちが日本の文化をないがしろにして…というお話ではない。そこがこの映画の展開が読めない理由なのかもしれない。
 最終的には「家族」を描いた作品と言ってしまってもいいだろうが、そんな先入観で鑑賞するとさらに混乱するかもしれない。
 役者として出演するのと演出するのはまったく別のテクニックなわけで、いい俳優だからいい監督になれるというものではないと思う。今回の作品は役所広司が主演したいい映画だったという印象はあるが、役所広司が監督した映画というのは正直言ってよくわからない。今後の監督作品を観てみたい気がする。
 

2011年10月17日 (月)

涼風家シネマクラブ■血を吸う薔薇

監督/山本迪夫
キャスト/岸田 森、黒沢年男、田中邦衛、望月真理子、太田美緒、桂木美佳、ほか。
1974年/83分/日本

 東宝の、正統派な吸血鬼映画。
 岸田演じる吸血鬼は、ハマーフィルムの『ドラキュラ』を意識したものだろう。叫び声やアクションはクリストファー・リーを彷彿とさせる。
 安易な発想としてはドラキュラ伯爵やその血縁が日本にやってきていた、というものだろうが、本作では直接ドラキュラ伯爵には関係していない。もちろんこれには「ドラキュラ」を持ち出すと版権などの絡みがあることも関係しているだろうが、むしろ日本的な伝説に西洋の妖怪である吸血鬼を溶け込ませている点で注目していいだろう。
 人里はなれた寮制の女子校で起こる怪奇な事件に巻き込まれていく新任教師、という滑り出しで始まり、土地に伝わる(吸血)鬼の伝説、学園の謎と展開していくわけだが、なんといっても岸田の怪演が光る作品である。
 特撮としては吸血鬼が死ぬシーンと一部のミニチュアワークといったところで、あとは特殊メイクになるだろう。
 もともと日本の妖怪や幽霊といったものには人間の生き血を吸うという特徴はまれで、吸血鬼という存在そのものが日本の風土にはなじみがなかったといえる。また「ドラキュラ」が吸血鬼の代名詞のようにもなっているので、正統派の吸血鬼映画を作るのはいろいろな面で難しい事情があったのは想像できる。その点、本作ではビジュアル面でこそドラキュラ的なイメージを踏襲しながら、「ドラキュラ」とは一線を画すといううまいシナリオとなっている。
 ドラキュラ映画でおなじみの「お約束」も半ば封印していて十字架や聖水といった宗教的なアイテムも登場しない。また本家ドラキュラは死ぬと灰になるが、本作では溶けているように見える。
 伝統的に正統派の吸血鬼映画はシリーズされるようである。本作も三部作としてシリーズ化されている。
 

2011年10月15日 (土)

涼風家シネマクラブ■キャッチボール屋

監督/大崎 章
キャスト/大森南朋、キタキマユ、寺島進、松重 豊、光石 研、水島研二、内田春菊、峰岸 徹、ほか
2005年/日本/105分

 会社をリストラされ、田舎に戻ったタカシ。友人の山田と野球部時代の監督の家を訪問するが、3年間補欠だったタカシに「タカシ、投げろ」と痴呆が始まっている監督は言うのだった。
 その後、山田の居酒屋で旧友たちと酒を飲むが、タカシを始めみんな最後の試合のゲームセットがどうだったのか思い出せない。その試合はタカシが唯一出場した試合だったのだが…。
 そして片思いをしていた恭子が東京に行っているという話になり、みんなにはやし立てられ、酒の勢いもあって、最終電車で東京に向かうタカシだった。
 目が覚めるとそこは都内の公園のベンチ。泥酔して電車に乗ったタカシには、自分がなぜそこにいるのかが思い出せない。公園には「10分百円」と看板を出した「キャッチボール屋」がいた。ぼーっと眺めていたタカシに、キャッチボールを勧める男。キャッチボールをしながら最後の試合を思い出しかけたとき、子供たちのしていた野球のバットが飛んで、タカシの頭に…。
 しばらくベンチで休んでいるとキャッチボール屋の男が「しばらく留守番をお願いします」とタカシにグローブを預けて姿を消し、そのままいなくなってしまう。タカシは男に代わって、公園が工事で閉鎖される日までキャッチボール屋をすることになるのだが…。
「キャッチボールは、ただボールを投げ合うのではない」というセリフが出てくるように、さまざまな人たちとの心の交流が、嫌味なく描かれる映画だ。成り行きでなってしまったキャッチボール屋ではあるが、実はもう何代ものキャッチボール屋がいたらしいことがわかったり、毎晩20時半に流す「夢先案内人」のレコードの大切な役目だったり、ゆっくりとしていながら確実に心にしみこんでくる感じがいい。キャッチボールをしにくる常連客たちとの交流の中で、タカシが見つけるなにかは、きっと見たものの心の中にも見つかるのではないだろうか。
 個性的な役者陣、限定された舞台で描かれるハートフルな物語です。

セブン新社刊/「微熱」06年10月号掲載

2011年10月14日 (金)

涼風家シネマクラブ■呪いの館・血を吸う眼

監督/山本迪夫
キャスト/高橋長英、藤田みどり、江美早苗、岸田 森、高品 格、大滝秀治、ほか。
1971年/82分/日本

  同監督による「血を吸う」シリーズの第2作目。本作で岸田の吸血鬼が登場し、3作目の『血を吸う薔薇』とともに岸田の吸血鬼俳優としてのイメージが固まったといえる。
 少女期に迷い込んだ洋館で見た吸血鬼の恐ろしい記憶を夢と思い込んで成長した主人公の前に、ふたたび吸血鬼は姿を現し、周辺の人々を襲いながら、主人公を自分の花嫁として迎えようと画策する。
 日本に吸血鬼がいるという理由として、その家系に吸血鬼がいたという外国人を設定。理由は明らかにされないが能登の海に近い森の中にひっそりと暮らしていたという設定である。どうやらその家系のものは必ず吸血鬼になるということではなく、岸田演じる吸血鬼も25歳のときに突然その習性が蘇ったとされている。
 岸田の演技や演出はハマーフィルム的なものだが、メイクの雰囲気はドイツ映画の『ノスフェラトゥ』を意識しているように感じた。
 主人公が油絵を描いていて、夢に出てくる心象風景を描いたりもしているわけだが、ストーリーそのものにその絵があまり関わってこなかったのは少々残念な気もする。
 圧巻は岸田演じる吸血鬼の断末魔。海外のホラー映画を凌駕するほどの迫力ある吸血鬼の最後と言っていいのではないだろうか。もっとも、体に杭が刺さってもがき苦しむシーンでは、杭の刺さっている部分に、服の下に仕込んだものの輪郭が見えてしまっているのが残念なのだが。
 吸血鬼(ドラキュラ)ものというと、やはり海外の作品がパッと思い出されるわけだが、本作、そしてシリーズ3作目の『血を吸う薔薇』という正統派の和製吸血鬼映画もそんな風にパッと思う出されるもののひとつになるのではないだろうか。
 

2011年10月13日 (木)

涼風家シネマクラブ■グッド・シェパード

監督/ロバート・デ・ニーロ
製作総指揮/フランシス・F・コッポラ
キャスト/マット・デイモン、アンジェリーナ・ジョリー、ロバート・デ・ニーロ、ほか。
2006年/アメリカ/168分
DVD発売・ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン

 アメリカが第二次世界大戦に参戦する少し前、エドワードはイエール大学の学生だった。エリート学生組織「スカル&ボーンズ」に誘われ秘密結社的なそのメンバーになる。このことが彼のその後の運命を決定づけていたのかもしれない。
 大学では文学とくに詩を学ぶ彼は、図書館で耳の不自由なローラという女性と出会い恋に落ちる。
 そんなころ、論文の担当教授に疑惑を持つFBIから接触があり、エドワードは教授の交遊関係を探らされる。教授はナチスの人間と交流があったのだった。直後、アメリカは参戦し、エドワードは友人の妹クローバーと結婚。結婚式の当日に戦略事務局(OSS)の一員としてロンドンに赴任することが決まる。
 ロンドンでは意外な人物から諜報(ちょうほう)活動について学び、感情を表に出さず淡々と仕事をこなしていく彼の評価も上がっていく。が、数年にわたる赴任生活や帰国後も仕事についてはいっさい口を閉ざすエドワードに妻は不信感を抱いていく。
 やがて大戦も終わり、戦後の混乱の中、ナチスの残党や捕虜をめぐってソ連の諜報機関とのあいだで駆け引きが繰り返される。そしてキューバ危機へと時代は流れていくのだ。
 ここでエドワードのチームは重大な失敗をしてしまう。情報がもれていたのだ。
 映画の中での「現在」はキューバでの作戦失敗でエドワードが窮地(きゅうち)におちいる1960年代初頭。情報をもらしたのは誰か、という推理と調査に平行して、学生時代から現在にいたるエドワードの過去が描かれていく。
 ポーカーフェイスで感情を表さないエドワードを、マット・デイモンはじつによく演じている。
 OSSがCIAとして再編される中での、アメリカの情報戦略の裏側をスリリングに描いた作品で、ひとりの男の人生を通して時代の流れをも描いていくのは「ゴッドファーザー」にも通じる見ごたえだ。

2011年10月12日 (水)

涼風家シネマクラブ■幽霊屋敷の恐怖・血を吸う人形

監督/山本迪夫
キャスト/松尾嘉代、中尾 彬、中村敦夫、小林夕岐子、南風洋子、高品 格、ほか。
1970年/71分/日本

「血を吸う」シリーズの第一作。監督はシリーズの中ではこれが一番好きだという。
 このシリーズでは象徴的に「人形」「眼」「薔薇」とタイトルが付けられているが、本作の「人形」がもっとも謎めいているかもしれない。というのも人形が血を吸うというわけではないから。さらに言ってしまえば「吸血鬼」は登場しない。
 監督はもともとホラーというよりヒッチコック的なショッカーな作品を作りたいと考えていたようで、そういわれてみると本作は『サイコ』的な雰囲気がないわけではない。
 恋人に会いに出かけた兄が帰宅せず、連絡もないことに不信を持った妹は、彼とともに兄の恋人の家を訪ねる。しかし兄の恋人はすでに事故で亡くなったと知らされ、兄もそれを知って帰ったというのだが…。古い洋館にはその母親と下働きの男だけが住んでいたが、何かを隠しているのでは、と感じた妹は兄の行方を突き止めようとする。
 その家にまつわる話や、下働きの男の怪しい行動など、謎が謎を呼んでいく。
 そして、死んだはずの兄の恋人が妹の前に現れ…。
 テレビや映画で名脇役として活躍した高品 格が不気味な下働きの男として登場しているのだが、個人的に「いいおじいさん」役のイメージがあったので本作での高品は意外であり、新鮮だった。
 特撮は予算の関係もあってほとんど合成画面は使っていない。正面から吸血鬼を扱った他のシリーズ2本と違いメイクも特別凝ってはいない。が、生身の人間なのに怖い洋館の女主人や夜の森の中で突然襲ってくる高品 格など、見どころは満載。
「眼」「薔薇」で見事に和製吸血鬼を描いた山本監督だが、本作でもヒッチコック的ショックスリラーを日本的に表現していたといえるだろう。その意味では他の2本とは違う意味で本作は日本映画史に残る作品といっていいように思う。
 

2011年10月11日 (火)

涼風家シネマクラブ■クリムト

監督・脚本/ラウル・ルイス
キャスト/ジョン・マルコビッチ、ヴェロニカ・フェレ、サフラン・バロウズ、ニコライ・キンスキー、ほか。
2006年/オーストリア・フランス・ドイツ・イギリス合作/97分

 19世紀末のウィーン。「エロス」の画家クリムトがいた。
 仏アールヌーヴォーとしても代表的な画家のひとりであるクリムトは、しかし、裸体を大胆に描いたことで批判もされていた。また、モデルに触れないと描けないというタイプで、当時ウィーンには彼の子供が30人いたと言われる。
 晩年は梅毒に冒されながらも制作続けた。クリムトの描く妖艶な女性たちは、現在多くのファンを魅了している。
 映画では、クリムトが一定の評価を受けたあと、フランスで賞を貰うものの、故郷ウィーンでは酷評を受ける当たりからその死までを描いています。クリムトの幻想のような謎の人物や、その存在そのものがあやふやな謎の美女、美術界の勢力争いなどが、幻想的なウィーンの街を舞台に描かれていきますが、どこまでが現実で、どこからが幻想なのかわからなくなってしまうようなところがあって映画に酔ってしまうような感じになる作品です。クリムトという人物や19世紀末美術に詳しければ、また違った鑑賞の仕方もできるでしょうが、それほど詳しくないという方は、映像の美しさに見とれるだけでいいかもしれません。
 97分という上映時間に比べて、その内容は濃く、2時間以上の作品を見たような充実感があります。それには、現実のウィーンとクリムトの幻想の中のウィーンというふたつのウィーンが交互に、時には交差して描かれているからかもしれません。映画の中でクリムト自身がどこにいるのかわからなくなっていく、なにをしているのかわからなくなっていくように、観ているわたしたちもそこがどこなのか、現実なのか幻なのか、判断が付かなくなっていくような、ある種のトリップ感に浸っていくのです。
 裸体の女性像に、大胆な金箔や日本様式の装飾を取り入れたクリムトの絵画。19世紀末の絢爛なウィーンの街やファッションと共に、現代のわたしたちの目は幻想的な世界のように感じてしまうのかもしれません。クリムトの夢と現実の世界をたっぷり楽しんでください。

「微熱」06年11月号掲載

2011年10月10日 (月)

涼風家シネマクラブ■吸血鬼ゴケミドロ

監督/佐藤 肇
キャスト/吉田輝雄、佐藤友美、高橋昌也、金子信雄、キャシー・ホーラン、高 英夫、ほか。
1968年/84分/日本

 日本製の吸血鬼映画はたびたび作られているけれど、本作はタイトルから受ける印象とは違ってSF的な作品。
 血のように真赤に染まった空を、羽田から伊丹に向かって飛ぶ旅客機から始まる本作は、未確認飛行物体の出現により墜落し、生き残った乗客たちの極限状態のサバイバルへと展開し、やがて未確認飛行物体に乗って地球にやって来たゴケミドロという生物によって乗客のひとりが体を乗っ取られ、ほかの乗客の生き血を吸うという状況に発展する。
 旅客機が落ちた場所はどこかの山の中でラジオによれば捜索隊もその場所がわからないといい、ある意味密室劇的な環境にある。
 主な登場人物はパイロットにCA、乗客である精神分析医、宇宙生物学者、政治家と懇意にしている会社社長とその妻、そしてベトナムで戦死した夫のもとに向かう途中の外国人女性、機内で爆弾を爆発させ自殺すると予告した青年、そしてゴケミドロに体を乗っ取られることになるスナイパー…。
 ゴケミドロが登場しなくても充分にパニック映画として進められるような要素を含めながら、それ以上の恐怖と混乱によって生き残った人々が追い込まれていくようすを描いていく。登場人物のひとりである精神分析医は、いたずらにみなの不安をあおり極限状態に陥った人々の心理を観察してみたり、冷静だと思われた宇宙生物学者がゴケミドロの存在を知るとその吸血の現場を見たいと、生き残ったメンバーから犠牲を出すことに賛成したりする。
 

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2011年10月 8日 (土)

涼風家シネマクラブ■ゴースト・ハウス

監督/ダニー・パン&オキサイド・パン
製作/サム・ライミ、ほか
キャスト/クリスティン・スチュワート、ディラン・マクダーモット、ペネロープ・アン・ミラー、ほか
2007年/アメリカ/90分

 夏といえばホラー、というわけでも最近はないみたいですが、やっぱり暑い季節には背筋が凍りつくようなこわ~い映画がいいですね。
『ゴースト・ハウス』はホラー映画の定番ジャンルでもある「お化け屋敷」ものです。これまでも『HOUSE』や『呪われた家』といった作品がありましたね。突然食器が家具が動きだすポルターガイスト現象や、壁から血が染みだしてくるようなシーンはお約束みたいなもの。ああ、このあときっと出るんだろうな、なんて予感していても大音響と共に怪物や霊が登場するとビックリさせられてしまいます。ホラー映画の楽しみ方のひとつは、遊園地のお化け屋敷のように、驚かされることにあります。みなさんもぜひ存分に驚いてくださいね。
 ストーリーは、シカゴからノースダコタの田舎町に引っ越してきた家族が、長い間空き家になっていた屋敷に着いたところから始まります。古めかしいけど落ち着いた雰囲気の屋敷に、家族は満足しますが、やがて不気味な影がチラ付き始めるのです。キレイに落としたはずの壁の染みがいつのまにか元のようにクッキリと浮かび出ていたり、誰もいないはずなのに人の気配がしたり…。最初にその存在に気がつくのは幼い弟。彼の目に映るゴーストは、日本のホラー映画の影響も受けているような、不気味な存在です。
 やがて主人公でもある、娘のジェスがゴーストによって地下室に引き込まれかけますが、両親はそれを信じてはくれません。実は、シカゴでジェスが起こした事故のことで、家族の心はバラバラになっていて、引っ越しをキッカケに元の家族に戻ろうと努力していたところだったのです。両親はジェスの言葉を信じることができるのでしょうか…。
 製作は『スパイダーマン』シリーズのサム・ライミ。監督には、これがハリウッド・デビューとなる香港出身の双子のパン兄弟。
 これまで作られてきたホラー映画、ゴースト・ハウスものの要素を取り入れながらも、新鮮な映画として完成させています。
 のどかな農村風景とひまわり畑の美しさ、そして不気味さに注目!

2011年10月 7日 (金)

シネマニュース■マーティン・スコセッシ監督最新作 『ヒューゴの不思議な発明』

マーティン・スコセッシ監督最新作・邦題決定のお知らせ!
『ヒューゴの不思議な発明』

 パラマウント ピクチャーズ配給、2012年3月公開予定のマーティン・スコセッシ監督最新作の邦題が、『ヒューゴの不思議な発明』(原題『HUGO』/全米公開2011年11月23日)と決まりました。
 監督&製作は、巨匠マーティン・スコセッシ。スコセッシ監督初の3D作品は、1930年代のパリが舞台の、ファンタジー・アドベンチャー・ムービー。
 出演は、『縞模様のパジャマの少年』で世界中の涙を誘った天才子役エイサ・バター・フィールド。本作では、パリ駅の時計台に隠れ住む12歳のヒューゴを演じます。そして、ヒューゴと出会い行動を共にする不思議な少女には、『キック・アス』と『モーリス』で現在ブレイク中、すべての年代の映画ファンを魅了してやまない、いま大注目の女優クロエ・グレース・モレッツ。さらにこの若手二人を支えるのは、ジュード・ロウ、ベン・キングスレイ、サーシャ・バロン・コーエン、クリストファー・リーといった豪華俳優陣。それぞれに個性溢れる魅力的なキャラクターを演じています。
 原作は、ブライアン・セルズニックによるベストセラー「The Invention of Hugo Cabret」。2008年にコールデコット賞金賞をはじめ数多くの賞を受賞し、世界20カ国でベストセラーになった本格ファンタジー。日本では、「ユゴーの不思議な発明」(金原端人訳/アスペクト刊)として発売され話題を集めています。
 2012年3月公開、マーティン・スコセッシ監督が贈る初の3Dファンタジー・アドベンチャー『ヒューゴの不思議な発明』を、ぜひご期待ください。

パラマウント ピクチャーズ
監督&製作:マーティン・スコセッシ
出演:エイサ・バター・フィールド、クロエ・グレース・モレッツ、ジュード・ロウ、
   ベン・キングスレイ、サーシャ・バロン・コーエン、クリストファー・リーほか。

2012年3月 全国ロードショー!(3D/2D同時公開)

配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン

涼風家シネマクラブ■吸血髑髏船

監督/松野宏軌
キャスト/松岡きっこ、入川保則、岡田真澄、金子信雄、西村 晃、ほか。
1968年/80分/日本

 松竹の怪奇シリーズ第2弾として制作、公開された本作は、モノクロで怪奇な雰囲気を盛り上げている。
 特撮は「日本特撮映画株式会社」が協力という形で参加し、クレジットには川上景司らが確認できる。
 本作での特撮は主にミニチュアワークということになるだろうか。主役とも言うべき幽霊船と化した貨物船や、舞台となる教会を含む岬の景色など、なかなか見事な作りだ。また薬品による人体の溶解シーンもあり、人物との合成はともかく、溶解シーンそのものはよくできている。
 岡田真澄演じる悪人グループのボスは顔の右半分に火傷の痣があるという設定だが、DVDに収録されたインタビューによれば、特殊メイクというよりは、スキンヘッドのカツラからつながる「かぶりもの」だったという。また、低予算でオールロケでの撮影だったとのこと。貨物船の内部もセットではなく廃船で撮影されたようだ。
 冒頭で殺されてしまう松岡きっこが、タイトルバックのあと再び登場し「これはなにかあるな」と思わせるのだが、けっきょく双子の妹という設定だったりするのはいささかガッカリさせるものがある。とはいえ双子の妹という設定を生かしたストーリーではあるので、もったいぶらずに説明してしまってもよかったのではなかっただろうか。
 キャストには金子信雄のほか小池朝雄といった個性派俳優が出演しているのでその意味でも見応えはある。怪奇は謳っていても謎解きな印象も強く、全体として2時間ドラマ的な感じを受けた。
 松竹の特撮というと『ギララ』『ゴケミドロ』の2本の印象が強く他の作品がかすみがちではあるが、本作のような秀作もあったことは広く知られていいだろう。
 それにしても、松岡きっこ、キレイだったのですね。

2011年10月 6日 (木)

涼風家シネマクラブ■コーラス

監督/クリストフ・バラティエ
キャスト/ジェラール・ジュニョ、フランソワ・ベルレアン、ジャン=バティスト・モニエ ほか
2004年/フランス/97分

 フランスの寄宿舎を舞台にした話というと70年代の少女マンガを思い出したりしてしまうが、ここで描かれるのは同性愛ではない。
「池の底」という名前の寄宿舎にひとりの官舎が赴任してくる。音楽家を目指し、音楽教師に挫折したその官舎はマチューという中年男だ。第2次世界大戦が終わった直後の1949年、親を亡くしたり素行が不良のためにこの学校に入れられている子供たちは、その寂しさから、そして子供らしいピュアさから、すさんだ性格となり、学校も荒れ果てていた。そんな生徒たちに対して校長はちゅうちょなく体罰を課している。そのような学校の状況に戸惑いながら、また自らも子供たちのイタズラに翻弄されながらマチューの生活は始まる。そしてある日、子供たちがなにげなく歌っている姿を見たマチューは、自分の作曲した合唱曲を子供たちにうたわせることで、すさんだ心を和ませることができるのではないかと考え、合唱団を結成することを決意するのだった。
 初めはマチューを馬鹿にしていた子供たちもしだいに歌うことの楽しさ素晴らしさに気づいていく。そんなある日、教室から聞こえてきた歌声に、マチューは耳を疑う。それまで合唱に参加することもなく、生徒たちの中でも問題児として扱われているピエールがひとりで歌っていたのだ。その天使のような歌声と才能にマチューは彼の母親を説得し、本格的な教育を受けさせようとする。また彼の母親の美しさにも心惹かれていくのだ。 社会や大人たちから差別と偏見の目にさらされ、ゆがんでしまった子供たちの心が歌うことで、本来子供たちが持つ素直さや純真さを取り戻していく過程は感動的であるが、それにもましてピエールの歌声はまさに天使のように美しい! 彼がマチューから歌うことを止められ、またふいに歌うことを許されるシーンは、その喜びが画面と音、映画そのものから溢れ出てくる。
 現代の、日本でも子育てに迷う親たちは多い。なにが子供たちに必要なのか、この映画で考えてみるのもいいだろう。

初出/レディースコミック「微熱」05年

2011年10月 5日 (水)

涼風家シネマクラブ■昆虫大戦争

監督/二本松嘉瑞
キャスト/園田啓介、川津祐介、新藤恵美、チコ・ローランド、キャシィ・ホーラン、ほか。
1968年/84分/日本

『宇宙怪獣 ギララ』の二本松監督によるSFパニック(?)映画。
 猛毒を持った昆虫の群れが人類の絶滅を企てるというのが主な流れではあるが、東西冷戦下の世界で、反戦・反核をテーマにしたシリアスな作品でもある。
 昆虫軍団には蜜蜂を使っており、針で刺されるというイメージと羽音で恐怖心を喚起させてはいるが、実際見ているともっとグロテクスな昆虫であったらという気もしてしまう。
 水爆を積んだ爆撃機が昆虫の群れに襲われて墜落。パラシュートで乗員と水爆は難を逃れるが、水爆の落下地点はわからなくなってしまう。
 アウシュビッツで生き残った女性が、人間不信から毒虫を育てていたりもするが、実のところ昆虫自身の意志で人類の滅亡を目指していることがわかる。それは核という人類以外にもあらゆる生物を滅亡させる兵器を作り、使おうとしている人類に対する自然界からの意志表示ともいえる。
 さらにラストが衝撃的。一縷の望みを残しつつも登場人物のほとんどが死んでしまうという絶望的な展開となっている。
 特撮は協力という形で日本特撮映画株式会社が参加。川上景司らの名前がクレジットされている。
 松竹で作られた怪獣がギララだけだったのは残念であるし寂しい感じがしていたが、本作を見て、怪獣映画が子ども向けになってしまっていた時期に、怪獣を扱ったシリアスな特撮映画が難しかったのではないかという気がした。
 とはいえ日本においては特撮でシリアスな内容を描くということがそのあと定着しなかったのは残念なことである。
 

2011年10月 4日 (火)

涼風家シネマクラブ■イザベル・アジャーニの惑い

監督/ブノワ・ジャコ
キャスト/イザベル・アジャーニ、スタニスラス・メラール、ほか
2002年/フランス/102分

 20歳年上の女性に恋した青年がたどる愛という名の荒涼とした道。そしてそれは自分自身が招いたこと。 前途有望な青年は、日々の生活に退屈をし、心ときめく恋愛にもめぐり合わずにすごしていたが、ある晩餐会で出会った女性こそが、すべてをかけて愛せる相手だと思う。しかしその女性は伯爵の愛人であり、ふたりの子供を持つ20歳も年上の女性だった。その女性、エレノールは青年アドルフに惹かれながらも、自分の立場を考え思慮深く接する。しかしアドルフの強引な愛の表現に、すべてを投げ捨て彼との恋に堕ちていくことを決心するのだった。
 伯爵の目を盗んでの情熱的な日々が過ぎ、アドルフがパリの父親に呼び戻されたり、伯爵からアドルフと会うことを止められたりしながら、ふたりの関係は少しずつすれ違っていく。それは、恋する相手を自分のものにしてしまったとたんに冷めてしまった男と、相手のものになることで燃え上がる女の心そのものだったのかもしれない。
 なんの不自由もない生活とふたりの子供を捨てアドルフの元に飛び込んでいくエレノールの情熱と、それを望んでいたにもかかわらず、疎ましく感じていくアドルフ。恋愛とはいつの時代も変わらないものなのかもしれない。
 最近は純愛にあこがれ、年下の男性との熱愛を夢見ている女性も多いようだけれど、現実は意外とむごいものなのかもしれない。それでもひたすらに愛を貫こうとするエレノールの姿はアナタ自身なのかもしれない。少なくとも多くの女性に共通した感情なのだろう。
 恋の初めはお互いの類似点が嬉しく、やがてその違いに気づき、気がつくと溝は大きく深くなっている。年齢や立場の違いに関わらず、これは恋愛がたどるひとつのパターンといってもいい。恋を愛に変えられるかどうかがふたりの心をつなぎ止める手段なのだろう。
 この映画を観てアナタは何を思うだろうか。

2011年10月 3日 (月)

涼風家シネマクラブ■ゴジラ2000シリーズ考

『ゴジラ2000-ミレニアム-』から『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』さらに『ゴジラファイナルウォーズ』までの作品について考えたい。
 まず印象的なのは、それまでのシリーズと比べ、圧倒的に女性主人公で作られた作品が多かったということである。『ファイナルウォーズ』では松岡が主演しているが、共演の菊川の印象も強い。男性主人公なのは『~2000』と『~東京SOS』の2本といえるだろう。
『~メガギラス』では「VSシリーズ」の三枝美希を発展させた主人公、『~メカゴジラ』ではその語り直し、『GMK』では女性主人公が得意な金子監督という偶然からそうなったのだろうが、女性主人公によるゴジラ映画ということが「2000シリーズ」には言えるような気がする。
 シリーズの特徴は、まずなんといってもゴジラの造形だろう。
 84年『ゴジラ』からの「VSシリーズ」では54年『ゴジラ』が持っていた凶暴なイメージへの回帰を目指しながら、恐竜や爬虫類というイメージからは離れてしまった感があったが、「2000シリーズ」では恐竜、爬虫類のイメージを取り戻し、さらに大きく鋭くなった背びれが印象的である。

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2011年10月 1日 (土)

シネマニュース■『メランコリア』2012年2月、公開決定!

ブロードメディア・スタジオ配給『メランコリア』2012年2月、公開決定!

『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』ラース・フォン・トリアー監督最新作、第64回カンヌ国際映画祭主演女優賞キルスティン・ダンスト受賞『奇跡の海』でカンヌ国際映画祭グランプリ、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で同映画祭パルムドールを受賞した鬼才、ラース・フォン・トリアー監督の最新作『メランコリア』が、2012年2月TOHOシネマズ 渋谷他全国公開となります。
 主人公ジャスティンに『マリーアントワネット』『スパイダーマン』シリーズのキルスティン・ダンスト。ジャスティンの姉・クレアには『恋愛睡眠のすすめ』『アンチクライスト』のシャルロット・ゲンズブール。『アンチクライスト』で第62回カンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞したシャルロット・ゲンズブールに続き、キルスティン・ダンストも本作で第64回カンヌ国際映画祭主演女優賞を獲得。他に「24 -TWENTY FOUR-」のキーファー・サザーランド、シャーロット・ランプリング、ジョン・ハートなど、世界各国の名立たる俳優陣が出演しております。
 ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」をバックに映し出される異様なまでに美しく荘厳な地球の最期。そこで試される静謐なる魂の救済、深淵なる孤独と絶望。それらを圧倒的な映像美で描き切り、観る者の奥底にある暗部を抉り、感情を揺さぶり、そして心を鷲掴みするトリアー監督渾身の人間ドラマです。

『メランコリア』
泣いてもいい。笑ってもいい。
もう、世界は終わるのかも知れないから──。

 姉クレアと、その夫ジョンの豪華な邸宅で盛大な結婚パーティーを行うジャスティン。伴侶となるマイケルと共に皆に祝福されて幸せなはずのジャスティンは、ある種の空しさに駆られていた。そして、巨大な惑星メランコリアが地球に向けて近づいていることを知り、焦燥や絶望ではなく、何故か、心が軽くなっていく感覚を覚える。だがそれは同時に、メランコリアが世界の終わりをもたらすことをも意味していた──。

2012年2月、TOHOシネマズ 渋谷ほか全国ロードショー。

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:キルスティン・ダンスト/シャルロット・ゲンズブール/アレクサンダー・スカースガード/キーファー・サザーランド
2011年/デンマーク、スウェーデン、フランス、ドイツ、イタリア合作/原題:MELANCHOLIA/135分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル/字幕翻訳:松浦美奈/配給:ブロードメディア・スタジオ
c2011 Zentropa Entertainments ApS27

涼風家シネマクラブ■ヴァンダの部屋

監督/ペドロ・コスタ、
キャスト/ヴァンダ・ドゥアルテ、ジータ・ドゥアルテほか。
ポルトガル=ドイツ=フランス

「廃墟」が流行っているようだ。個人的には15年くらい前の流行で、いまさらという感は否めない。ペドロ・コスタ監督の『ヴァンダの部屋』も、もしかしたらそういう「廃墟ブーム」に当て込んだ公開なのかもしれない。
 舞台はリスボン。しかし画面に登場するのは「フォンタイーニャス」という街の、それもある部分を切り取った1部だけで、大半は主人公であるヴァンダの部屋の中である。アフリカからの移民が多く住む荒廃した街は、人々が暮らしているにもかかわらず、半ば廃墟と化している。いや、廃墟に人が住んでいるというべきか…。街は再開発が進められ、いま暮らしている部屋のとなりで、重機が建物を壊しているといった殺伐とした状況である。そんな中で、主人公を初め、多くの住民がドラッグに溺れている。

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